HOPE(重め)

何でもやってみな分からんでな。父はそう言う。

昨日、正月ぶりに実家に帰った。自分の住まいから1時間足らずで行ける距離にあるが、なかなか顔を出すことはない。理由もなく行くのはどうも小っ恥ずかしい。距離というのは物理ではないんだとつくづく思う。

母の日という大義名分と、母に渡す品々を背負って実家へ身体を運んだ。GWだから、では足りないのが私のおかしな思考である。おかしさに自覚があるが、譲れない何かもある。てめえのつまらん美学か何かを保つためだけなら、さっさと譲ってしまえば良いのに。

食事中、父が「もう30歳やな」と言ったところから、何だかいつもは話さない、ちょっと“人生”っぽい話をすることになり、けっきょくは父とばかり話すことになった。「母の日」が本当に“大義名分”扱いになってしまった。これは、自分の住まいに戻ってからひどく反省することになる。

「父ちゃんなんて、精神年齢があんときのまま、もう56歳や」なんてことをぽろっと言う。胸をパンと叩いて笑いながら。精神はやはり胸なのだな。

みんなきっとそうなんだろうと推測はするけれど、実際に人から聞いたことなどなかった。実はみんな、歳を重ねるごとに心の年輪が何重にも広がっていて、自分だけが取り残されているのかもしれない。なんて妄想の樹海に心を溶かして半分泣きながら寝ることだってあったから。

この言葉はきっと今後の救いになる。「父ちゃんだってそうだったしな」と幾度となく思うことになる。それを聞いた時、リビングにやや強めの風が吹いて、椅子に腰掛けているはずの身体なのに、地にビシッと立っている気になった。

そして、やはり話題は将来のことになる。私は弟がすでに家庭をもっているし、子どももいるため「別に急かさんけど、お前の孫だって見たいで」だそう。プレッシャーに感じたらすまん、と後付けされたが、それでプレッシャーに感じるような人間に見えるか?と返しておいた。プレッシャー以外の何らかを感じとったよ。

仕事の話にもなる。「気分よく出来ているんか?」と聞いてきた。こういう聞き方をされたのは初めてだった。ちょっと考えて練ってからでないと“気分よく”という言葉は選べないんじゃないかな。私も他人に同じ類の質問をするなら、たぶんこのセンスで聞く気がする。やさしい血のにおいがした。ありがとう。

「一つの会社を勤め上げる時代でもないし、何でもやったらええ」と以前から背中を押してくれる父。今回も同じ。ただ、ひとつ付け足した。「やってみな分からんから」と。

やってみたいことがなんとなくある自分……そこに突き刺さるわけだ。的の体を成したつもりは一切ないが、いつの間にやら父は狙いを定めていたのだろうか。そして打ってきた。矢の言葉を。刺さっても痛みを伴わないのが親のなせる技だ。

なにをどうすべきか、その正解は分からないが、今の自分は「大きな岐路(当わたし比)」にあることだけは分かる。

後悔のないようにだけはしたいと思う。父は上司に楯突くことが多くゴマスリができなかったら出世のチャンスを悉く逃したと言う。そのせいでお前ら家族に迷惑をかけたが、後悔はしていない。声を上げた分、シンパも集まった。そう話す父の表情は、曇りひとつとない。

まあ、父ちゃんのような性格ちゃうけど……と思いつつ、思いつつ、なんだろう、まだ言葉にしにくい気持ちが芽生えていたりする。

シンパを募るつもりはないし、ひとりの時間が大好きだが、人と関わりたくない訳ではない。むしろ関わりたい方だ。

少なくとも、今いっしょにいる人たちと少しでも長く長く、真剣に、やりたいことをやれたら素敵だろうなと思っている。

ちなみに私は、散歩の最中にふわっとよぎった未来が実現したりすることがある。よぎったそれに向けて動きをとることは一切ないが、実は今、実現した未来の中にいたりする。これはシーって話。

もし明日何かがよぎったら、その時はついて来てください。よろしく。……ついて行かせてください、だ。

そんなHOPEを抱えながら実家を後にした、精神年齢たぶん18歳くらいの実年齢30男。

遅くなりましたが、偶然読んでいるみなさん、今年のGWはいかがでしたか?

おわり

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